木村直人のはてなブログ

作品制作への向き合い方

セルフ・モニタリング 2022年4月

第1週

東京国立博物館で『空也上人と六波羅蜜寺』、東京都美術館で『ドレスデン国立古典絵画館所蔵 フェルメールと17世紀オランダ絵画展』、国立科学博物館で『宝石 地球がうみだすキセキ』を鑑賞した。

東博の展示は小規模かつ来場者もまばらで、とても見やすかった。意外なことに、空也にまつわる説明…例えば技術的な特徴などについて解説は記されていなかった。都美館の目玉の展示は、修復によって(絵の中では)壁面だと思われていた箇所から絵柄が出てきた、フェルメールの作品だった。修繕前の作品の複製画(印刷ではなく油彩)と並べて展示されており、見応えがあった。科博の展示は大盛況を誇っており、要点のみの鑑賞となった。時代を遡れば、一部の階級のひとたちは、純金に宝石をあしらった太い指輪を指に嵌めていたんだな…と金(きん)の扱い方に時代性を感じた。

 

映画『偶然と想像』を鑑賞した。

高座で古今亭文菊師匠が上記の映画を勧めていたため、鑑賞した。古典落語を得意としている文菊師匠に、新作落語をやってみたいかも…と思わせた映画とのことだった。3本の会話劇からなるオムニバスで、会話のリアルな質感を感じられる箇所、むしろお互いに演じきっている箇所と、緩急のある会話劇だった。特に、演者の服装や髪型などのスタイリングが役柄にマッチしており、俳優と演じているキャラクターを切り分けて想像が出来ない。俳優の日常はいつも、映画の中のこのキャラクターと同一なのではないかと思わせるほどだった。

 

大学の課題のために肖像 (ヌード)を撮影した。

 

第2週

同窓会の業務に従事。

 

東京藝術大学大学美術館 陳列館で『ヴァーチャル・ボディ:メディアにおける存在と不在』を鑑賞した。

全体としてはメディアの登場を技術決定論と結びつけており、社会構成主義に向けられた視点は感じられなかった。

 

第3週

東京藝術大学大学美術館で『藝大コレクション展 2022 春の名品探訪 天平の誘惑』を鑑賞した。せんとくんの一連のシリーズが芸大の彫刻科の教授の作品であることを知った。会場にはせんとくんファミリーである⿅坊が展示されており、木や漆、布で構成された実に美しい彫刻だった。

 

SCAI THE BATHHOUSEで『遠藤利克』を鑑賞した。

私の考える、最高レベルの現代アートだった。特に質感や空間を見通す力、構成力から、非常に高い技術力をうかがえた。

 

根津神社で『文京つつじまつり』を鑑賞した。

 

第4週

東京都美術館で『スコットランド国立美術館 THE GREATS 美の巨匠たち』を鑑賞した。

 

東京都庭園美術館で『アール・デコの貴重書展』、サントリー美術館で『大英博物館 北斎 国内の肉筆画の名品とともに』、21_21 DESIGN SIGHTで『ロイヤル オーク 時を刻んだ50年』、森美術館で『Chim↑Pom展:ハッピースプリング』を鑑賞した。

 

2022年4月 時点での目標

・人生における目標…誰も取り残さない姿勢

・制作における目標ごっこ、陳腐、軽率とならない制作

 

制作の周辺で気づいたこと

主に広告をつくってきました。人の魅力やパワーを最大化することに非常に興味があります。人が、今まで見たことがないくらい美しく輝いているとか、いつもの10倍笑っているとか、人間が最大化される瞬間ってあるんですよ。そこには企画とか演出とか表現、デザインというものが重要な役割を果たす。アウトプットとして、それが結果として、CMだったり、ポスターだったり、イベントだったり、番組だったり、場だったり、形は様々ですが、僕にとっては全て「広告」なんですよね。人と会って、ものをつくっていないと、自分のいろんなものが一気に鈍るだろうなと思います。( 教員インタビュー:箭内道彦 | 東京藝術大学デザイン科 )

感動を分かち合う喜びを感じること、新しい可能性との出会い=創造( 障がいとアーツの授業を受けて )

・データ出されるの大嫌い。データは私の直感や欲望に敬意を払ってくれないから。( https://anond.hatelabo.jp/20220508104059 )

・『近江商人三方よし』売り手によし、買い手によし、世間によし。物質より体験にお金を払うことが多い。体験をデザインする。値段相応のものは買うときに理屈があり、価格帯の高いものは買うときの気持ちよさや感覚重視。雑学や知識のひけらかしも、誰かのためになる。田舎の人口が減り、中国資本が神社や海産物を買い占め、市場価格が価格が高騰する。( 近江商人と三方よし|伊藤忠商事株式会社 )

・生涯を通して、アート系のプロジェクトに携わり続けることが僕の幸せか。(宮本武典の講義を受けて)

・僕は、自分自身や作品が売れることが最終目的ではない。自分が手を捻るようにして扱うことの出来る美術を活用して、より多くのひとが美術や美術館を好きになり、自分の“好き”に自信を持ち、日本の文化財が適切に保管されることを望む。そのために、僕の持つ影響力の可能性をなるべく高めるように工夫を凝らし、美術を発信していきたい。

SNSは勝手にバズるのでなく、投稿者がユーザーを迎えに行っている。

・大きな画集に実物大の作品写真を入れる / 実物をページに貼ってしまう / 印刷ではない実物が気になるように仕向ける / 実物と画集で部屋を分ける / 実物の作品を奥の部屋へ設定し、手前の部屋でまた画集に戻れるように / 大きなモニターやプロジェクタの映像よりも、画集の物質感がいい

 

気になった書籍からの引用

私が作品を制作するにあたって、読書は欠かせないものである。作者が自分自身の持っているスタンスやイデオロギーの偏りに気付かぬまま生み出された作品を、僕は好まない。表現したい何かを見つけたとき、僕は自分自身の生み出す作品によって、鑑賞者を適切な方向性に導きたいと考えている。そのためにはあらゆる鑑賞者、ひいては社会をつぶさに見つめる観察眼が必要だ。その観察眼のくもりを少しでも晴らすために、今日も読書をする。

僕がどのような本を読み、どのような文から学びを得たと感じたのか、それを記録し共有することの目的は以下である。僕の作品がひとりでに歩み始め、僕の作品やその背景に居る僕をもっと知りたいと思う鑑賞者が現れたときに、彼らがストレスなく容易に僕の思想に触れる手段として、私の読んだ本の引用の羅列が最適と考えたからだ。僕の思想は読書によって得た知識の含有量が最も多く占めている。この“最適”はアップデートを前提としているので、未熟であることをご容赦いただきたい。

 

ーーーーー『セックス幸福論』ーーーーー

からしたら、自分が知っている息子はAV男優という仕事を選ぶような人間と思いたくはないでしょうし、逆にそれを選んだということは、自分たちはそういう選択をするような人間に息子を育てたと考えてしまうのでしょう。むしろ、他人に強制されてその仕事をせざるをえなくなっているのなら、息子自体に変わりはないし、自分たちの教育方針は間違っていなかったと思えるから、そっちであるほうがまだ救われたのかもしれません。

 

「そんなのわからないよ。ただその瞬間は、心の底から相手のことを愛しいと思ってた」

「愛されている、ってほうじゃなくて?」

「うん、愛おしいってほう。この人に会えて良かったって。好きになれて良かったって。そしたら涙が溢れてた。抱きしめられて、キスして、好きって言ったら動かないのにイッちゃった」

 

そこには承認欲求を満たすものがあるわけではありません。自分が自分で良かったとか、自分には生きている価値があるんだと感じることが目的ではなく、こんなに愛おしく思える相手に出会えて生まれてきて良かった、この瞬間のために今まで生きてきたと結果的に感動しているのです。ここで幸せが生み出されています。

ーーーーー『セックス幸福論』ーーーーー

 

ーーーーー『眠れなくなるほど面白い社会心理学』ーーーーー

誤った集団決定を行わない方法として「悪魔の擁護者」というものがあります。これは、決められたメンバーのひとりが、役割としてあえて反対意見を述べるというもので、そうすることで他の人も遠慮なく意見を言えるようになり、より慎重な決定ができるわけです。

 

①ウェブ版の年間購読・・・・・価格5ドル

②印刷版の年間購読・・・・・価格125ドル

③ ウェブ版+印刷版の年間購読・・・・・価格125ドル

結果は①が16人、②は0人、③が3人で、③のウェブ版+印刷版を選ぶ人が圧倒的でした。

実際、同じ学生に②の選択肢を省いた2択で回答してもらったところ、①を選んだ学生は66人、③を選ん だ学生は3人と、おとりがあったときとはまったく違う結果となりました。 

ーーーーー『眠れなくなるほど面白い社会心理学』ーーーーー

 

ーーーーー『恋愛心理学特論』ーーーーー

“青年期の恋愛はエネルギーの奪い合いである"という捉え方に立てば、青年期の恋愛の目的はアイデンティティ形成のための精神活動のエネルギーを恋人から得ることであり、恋人は最大のエネルギー供給源である。そのようなエネルギー供給源をもっているにもかかわらず、浮気をする理由はただひとつ、恋人がエネルギー供給源となっていないからである。恋人が愛や賞賛の言葉をかけてくれない、自分のことを気にかけてくれないなど、恋人からエネルギーをもらえている実感がもてない時、近くにエネルギーをもっている(と思われる)異性をみると、つい近づいてしまうのである。それでも、恋人はいずれエネルギーを供給してくれるかもしれないし、また浮気相手と恋愛関係になれるかどうかもわからないため、恋人とは別れずに、浮気関係を継続してしまうのである。

 

一方、先ほど述べたように、アイデンティティが確立している30代以降の男性について 恋人(あるいは配偶者)がエネルギーをくれないから浮気をすると理解するのは、無理がある。30代以降の男性は、アイデンティティが確立し、仕事もある程度自分のやり方ができ、慣れもある。夫婦関係も10年、20年と続き、子どもも大きくなり、手がかからなくなっている。良い意味で、安定した日々を過ごしているため、エネルギーはあり余っているのである。そのような余ったエネルギーを趣味などに活用できている場合は良いが、そのような趣味もない場合、エネルギーの不十分な異性に自分のエネルギーを与えようとして、浮気をするのである。

ーーーーー『恋愛心理学特論』ーーーーー

 

ーーーーー『恋ごころの科学』ーーーーー

尊敬…彼(女)はふつうの人よりすぐれた判断をする。

相性…あなたと彼(女)はカップルとしてうまくやっている。 

愛他性…彼(女)に贈物をするのが好きだ

外見的魅力…彼(女)は平均以上に外見がいいと思う。

愛着…彼(女)と一緒にいると安心する。

ーーーーー『恋ごころの科学』ーーーーー

 

ーーーーー『モテる男 39の法則』ーーーーー

①髪型は、月に1回、美容室に行き、女性の美容師さんに、「さわやかにしてください。スタイリングも教えてください」と言いましょう。その際に、眉毛も一緒に整えてもらいましょう。

② 服装は、店員さんに「さわやかコーデを教えてください」と伝えましょう。自分で選んではダメです。

③肌は、高いエステに行かなくても、運動と、保湿と、水をよくとるようにすればおのずときれいになっていきます。

④歯は、2ヵ月に1回、歯医者に行って着色を取りましょう!

⑥爪は、切るだけでなく、爪ヤスリで角を取ってください。女性は男性の体をとてもよく見ています。これは女性の体のなかに入ってくるのがペニスと手だからです。なので、女性にとって、手というのはペニスと同じなんですね。

⑥ムダ毛は剃るのではなく、脱毛するといいでしょう。まずはヒゲをオススメしますが、予算があるようでしたら、全身脱毛をすると、生まれ変わったような気持ちになります。これは、やらないとわからない世界です。

⑦言葉づかいにも気をつけたいところです。清潔と不潔は、何も見た目だけではありません。言葉づかいにも表れますので、意識するだけでも全然違いますよ。

 

「笑顔と上機嫌は大人のマナー」

「会いたかった」をキラーワードに

ーーーーー『モテる男 39の法則』ーーーーー

 

ーーーーー『三島由紀夫レター教室』ーーーーー

第一、感情で脅迫状を書くというのはプロのやることではありません。卑劣に徹し、下賤に徹し、冷血に徹し、人間からズリ落ちた人間のやる仕事ですから、こちらの血がさわいでいては、脅迫状など書けません。

便せんをすかしてみて、そこに少しでも人間の血の色がすいて見えるようでは、脅迫状は落第なのです。

ーーーーー『三島由紀夫レター教室』ーーーーー

 

ーーーーー『相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術』ーーーーー

「聴く」を妨げる六つの態度 

①先入観のある対応

あなたが「この人はどうせこうだから」と思っていると、相手の今の思いが聞けなくなります。 相手はいつもと違っているかもしれません。

②無関心な対応

相手に関心がないとき、相手の思いを軽視・ 無視して、的外れな反応をしたりするでしょう。 

③自分の話したいことや興味を優先する

あなたが自分の世界にいると、相手の話は上の空で話のポイントに反応できなくなったり、相手の話をさえぎったりすることになります。

④正解思考 / 議論のような対応

「それは、あなたが間違っている」「正しいのはこうだ」という構えでは、つねに正しいか正しくないかで相手の思いを聞くことになります。 

⑤ 「違い」を「間違い」と判断する

相手が間違っていると思ったときに、「いや、そうじゃないんだよ」とすぐに言いたくなる人がいます。しかし、多くの場合は「間違い」ではなく「考え方の違い」です。

⑥ アドバイス志向

上司も親も、親切な人ほどアドバイス志向になりがちです。相手は話をしたいだけなのに、助けを求めていると思い込み、アドバイスをしてしまいます。親身に聞いているようでありながら、ポイントをはずしてしまうのです。

 

「なぜ」「どうして」は禁句

「なぜ」「どうして」 が口癖の人がいます。 たとえば、夫に対して「なぜ、約束の時間に帰ってこないの?」、妻に対して 「どうして、電気をつけっぱなしにしてるの?」、子どもに対して「どうして、忘れ物をするの?」。

こうした「なぜ」「どうして」 は、純粋な疑問なのかといえばそうではありません。

 

非難を含んだ言葉

「なぜ○○なの?」というのが、理由を聞いているのではなく非難になることがあります。英語でも 「Why」は注意して使います。

「なぜ?」には、「あなたの理由はおかしい」というニュアンスが含まれやすいからです。

初めから「理由なんかないはずだ」という感じで「なぜ」と言っているわけです。

言われたほうも、非難されたと感じるので、ついきつい言葉で返してしまい、口げんかになってしまうことがあります。

 

「どんなふうにして」と訊く

カウンセリングにおいては、クライエントに対して「どうしてそうしたの?」とは滅多に訊きません。

理由を訊くときには、

「何か理由があったの?」

「どんなふうにしてそうなったの?」

などと言います。

理由を訊こうとしていることは同じですが、「なぜ」「どうして」という言葉を使わないのは、 それが責めているように聞こえる可能性があるからです。

ーーーーー『相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術』ーーーーー

 

ーーーーー『制服少女たちの選択』ーーーーー

ここに「女子高生」という性的なブランドの本質の一端があきらかになっている。いわば 「性的なのに、性的であってはいけない身体」という、明治三十年代以来の「近代学校教育」 的なタテマエ(清く正しく美しく!)のなかに安らいでいるという前提があってこそ、「女子高生」が性的ブランドとして意味あるものになっているということである。わかりやすくいえば、性からの隔離ゆえに生じる「落差」が、性的コミュニケーションの世界に「女子高生ブランド」をもち込むことになっているのだ。

ーーーーー『制服少女たちの選択』ーーーーー

 

ーーーーー『シェアしたがる心理』ーーーーー

「こういう体験がしたい」ということに加えて、「こういう体験をしている自分でありたい」という点にまで及ぶユーザー側の ニーズや承認欲求がビジュアルのレベルで定着していったものこそ、ここで議論を重ねてシミュラークルというもののコアをなすものだ。

ーーーーー『シェアしたがる心理』ーーーーー

 

ーーーーー『国民のための戦争と平和』ーーーーー

日本もそうだ。日本は、戦争なしで、当時の満洲や中国での利権を放棄する用意はなかった。当たり前のことだ。敗戦によって強制的に放棄させられた。死闘の後だから、あきらめもついたのだ。完全にあきらめさせられたために、戦後まったく別の大戦略に転換できた。そして高度成長を達成し、自由貿易の利益をほとんど独占的に享受できるという幸運に恵まれたのだ。

 

日本人は自然が好きだ。自然を愛好し、人工は忌むべきものと考える。しかし、この表現をぎりぎり詰めてゆくと大変なことになる。文明の否定につながりかねない。「人工」こそ文明の核心である。これを大真面目で排斥するなど、正気の沙汰ではない。近代人は、もはや自然に戻るわけにはいかないのだ。

日本人が「自然」を愛するという時、それは、自然そのものではない。日本人が愛しているのは、自然の「風情」であって、自然ではない。自然に加工して文明の所産を作り上げるが、その際はなるべく自然の風情を残そうというだけのことだ。

なんのかんのと言っても、やはり文明の果実は欲しい。テレビも車も飛行機も欲しくてたまらない。立派な政府だって欲しいだろう。

昔から、わが国には「手入れ」といういい言葉があるではないか。わが家の庭を自然のまま放置して、草ぼうぼうというのは、やはり具合が悪い。 近所から〜を言われる。ちゃんと手入れはするが、自然の風情は残すスタイルにする。

つまり、自然の愛好とは、所詮「趣味」の次元の問題にすぎない。

 

①国際社会には、必ず紛争がある。

②紛争は解決されねばならない。

③戦争は、そのような国際紛争を解決するためのつの手段である。 

④ しかも、それは最終手段である。

⑤戦争と比べて、より合理的で、より実効的な国際紛争解決の手段は、まだ考案されていない。

⑥もし、それが考案されれば、戦争という手段は自然に消滅するだろう。それ以外に戦争をなくす方策があるはずがない。

 

国連を見るには、四つのポイントがある。

国連憲章は戦争を否定していない。

②国連は建て前としてユニバーサルな機関ではない。

③ 国連は、第二次大戦後の現状維持の執行機関である。 

④国連は、各加盟国が一般的な政治的了解を相互に模索する場である。

ーーーーー『国民のための戦争と平和』ーーーーー

 

ーーーーー『説得力』ーーーーー

“人を意のままに動かす力"に向かう第歩は、あなたの求めるものはすべて“他人”が持っている、ということに気づくことである。

お金がほしい。よろしい。しかし、どうやって手に入れたらいいのか。 道はただ一つ、他人から手に入れるのだ。あなたの売る品物、提供するサービス、労働に金を払ってくれるのは、他人なのだ。 だから、もっと金がほしければ、金を持っている人にもっと働きかける力がいる。

 

彼は恥ずかしそうに笑って、「それはぼくが、さよならを言って帰る時、いつも玄関の前に立って、ぼくの姿が見えなくなるまで見送ってくれるからです」「それがうれしいのかい?」

シャーリーがどんな子かは知らないが、「自分は必要な人間なんだ」という気持ちになりたいという人間の絶えざる望みを、ちょっとでも満たしてくれる心遣いによって、彼女は自分を説得力のある人間にしたのである。

 

「ぼくが必要なんだという気持ちにさせてくれるからです。ぼくが大事だから、あの子は最後の最後まで別れたくないのです。つまり、ぼくがシャーリーを特別好きなのは、ぼくがあの子にとって特別な存在だという気持ちにさせてくれるからです」

 

われわれは、まず第に自分のことを考える。自分の世話がみられるようになって、はじめて他人のことを考える余裕が出てくる。

 

相手の自己評価に売り込むことです。これが常に忘れてはならないことです。これは別に、おべっかを使えとか、そんな薄っぺらなことじゃない。相手が夢に描いている人物像にふさわしくなるように、手を貸してやるだけの話です。だれでも自分を向上させる能力には、ちょっと自信がない。そこで、自分もまんざら捨てたものじゃないと、相手に確信させてやることで、あなたは彼に目をかけられ、耳を傾けさせられるのです。

 

愛は、相手の存在に対する喜びであり、自分自身の価値や成長を確信するのと同様に、相手の価値や成長を確信することである。かくて愛には、常に二つの要因がある――相手の価値と善意、および相手とのつながりにたいする自分自身の喜びと幸福である。

 

恐怖はいろいろな形であらわれる。うるさ型は自分が非難されるのがこわさに、しばしば先に相手をやっつける。優柔不断な人間は判断の結果が恐ろしくて決心がつかない。何人もの男に追いまわされたと吹聴する女は、問わず語りに、一人も追ってくれる者がいないということをほのめかしている。いわゆるなまけ者は、失敗がこわくて、成功してみようという気も起こらない。他人の不道徳に目くじらを立てる人間は、自分はあんないい思いをできないという恐怖の混ざった嫉妬を暴露している。

 

ここで、あなたが驚くかも知れない人間性に関する真理について話したい。 これはまた、あなたが人に会う時、いつでも雰囲気をつくりあげコントロールできる信じがたい力を提供してくれる。驚くべき事実とはこうだ。人は、ある事態に、どんな雰囲気がふさわしいか知らないことがよくある。したがって、じっと待って、他の連中がどんな行動をし、反応しているかを見る。 それから、 “適当で自然“と思われるものに従う。数日前私はパーティーに招待された。 仕事があったので着いたのは一時間遅かった。ドアに向かいながら私はパーティーらしくにぎやかな有様を期待していた。ところが驚いたことに、まるでお祈りの最中だった。みんな部屋の隅に寄り集まって、いらいら、まごまごしながらひそひそ声で話しているみんなだれかが生き生きしたムードをつくってくれるのを待っている。 (そうすればみなそれにならうつもりだ。)私はこの座を持たすには爆弾でも投げ込まな くてはという気になった。

 

あなたには、自分自身の人生を送るか、それとも他人に左右されるかの二つの道しかない。自分自身の人生を送れば送るほど、他人に対して働く力が強くなる。自分自身の活動を決定するのに優柔不断であればあるほど、人に対する影響力は弱くなる。ただそれだけのことにすぎない。

ーーーーー『説得力』ーーーーー

 

ーーーーー『大学生が出会うリスクとセルフマネジメント』ーーーーー

モラトリアム地位 : 現在、幾つかの選択肢を前にあれかこれかと迷っている(=危機)、従って何に対して注力していいかまだはっきりしない(=コミッ ト)状態です。 つまり 「危機を現在進行形で体験、積極的関与は曖昧」ということです。

 

上記のとおり、「人格」 の中心にあるのは「自由」です。人間は、誰もが「自由」です。ただ、「自由」 であるということは、どんなことでもやって良い、ということではありません。人権宣言の第4条には、「自由とは、他人を害しない限りは何をしてもよい、ということにある」と定められています。「自由」 といえども、無限界ではありえません。「社会の他の構成員たちにも同様な諸権利の享受を確保するために設けられる諸限界による制限は甘受しなければなりません(同第4条参照)。 そもそも、「自由」という言葉には、それ自体として、一定の限界を受けているという意味が含まれているのです。「自由の意味をはき違えている」という表現がなされることがありますが、多くの場合、「自由」という言葉の本当の意味を理解していない、より具体的には、上記のような制限が存在していることをわきまえず、どんなことでもやって良いと誤解している、という意味で用いられています。

 

美しさは何によって決まるのでしょう。ひとつは姿勢や表情です。美しさを作るのは個々のパーツではなく全体です。姿勢だけでも全体の見た目は変わります。 背中を丸めていたのが、背筋を伸ばしただけで全然印象が違ってきます。人に会ったときに、きちんとした姿勢をしているか、いい表情をしているかが重要になるのです。次にバランスです。同じくらいの身長と体重の二人を並べても、全然感じが違うということがよくあります。同じ身長と体重でも、脂肪や筋肉の量のバランスで見え方が違ってきます。骨、筋肉、脂肪、皮膚、それら全体のプロポーションが美をつくっています。化粧品も大事ですが、メイクが映える肌を作ることも考えてください。毎日食べるものを粗末にして上辺を飾っても、それは美とは縁のないものです。

 

怒りが溜まりに溜まると自分の身体や心を壊してしまうことがあります。身体や心を損なう前に、感情はできるだけそのときに表現したほうがいいでしょう。

感情はすべて自分のもので、表現をしていいのです。 どんな感情は伝えてよく、どんな感情はいけないということはありません。喜怒哀楽どれも伝えていいのです。とはいえ、日本の文化の中では、怒りを表現するのは難しいと感じられるかと思います。怒りを表現するのは攻撃的になることとは違います。

先ほど、怒りの感情の表現は攻撃的とは違うと言いました。ただ、攻撃的になってしまう場合があります。それは、自分が怒っているのは相手のせいだとか、相手に責任をとれという言い方をするときです。私たちは、相手の言動とや出来事が原因で、その結果、自分の反応として言動があったり、感情があったり、事態がある、と考えがちです。怒りや悲しみなど、あまり感じていたくない感情をもったり、悪い結果が生じたりしたのは、原因のせいだ、相手のせいだと考えてしまうことが多いのではないでしょうか。でも、同じことを言われたり、同じ出来事に遭ったりしたときに、すべての人が同じ反応をするかというと、そうではありません。 例えば、「あなたって自己中心的だよね」と言われてとても傷ついて、人と接するのが怖くなってしまうとします。でも、他の人が同じ言葉を言われたら、「えっ、そんなことないよ」 と思うかもしれません。あるいは、「ああ、あなたはそう思うのね。それで、どうしてそう思ったのかもう少し理由を説明してくれる?」と言うかもしれません。あるいは、全然気にしないで笑って流すかもしれませんし、怒り出すかもしれません。他の人に「あの人、こんなこと言ったのよ、ひどくない?」と言いふらすかもしれません。同じことが起きても、人の反応はいろいろです。

 

そういう自分の受け止め方によって、起きてくることが違うならばその責任は相手が取るべきものではないということです。自分の感情は自分のもので、自分の感情の責任は自分でとることができ、自分でとるものです。自分の感情はどんな感情でも、自分の感情として相手に率直に伝えていいのです。怒りを感じたとき、相手に「怒らされた」のではなくて、自分が「怒った」のだと言ってよいのです。感情は表現しないと消えません。自分の感情を自分のものとしてどうにかしようとする時に、表現するのは重要なことです。ただし、この不快な気持ちをどうにかしようというときに相手に協力を求め ることはできます。自分の怒りの感情を何とか自分なりに収めたいと思い、それに有効なのは相手に、「あなたに謝ってほしい」ということかもしれませんし、「今後そういうことを言わないでほしい」ということかもしれません。あるいは、「お互いの言い分をきちんと話し合おう」ということかもしれません。相手に「何とかしろ」と言うことはできませんが、協力を求めることはできます。

逆に、相手が怒ったときはどうでしょう。 「自分が怒らせちゃった」「私のせいだ」ということではありません。立場を逆にしても同じことで、相手の感情はその人のもので、その人が自分で責任をとるべきものです。それに対して、相手の怒りを収めるために協力してあげてもいいと思ったら、謝るなり、もうしないねと言うなり、話し合うなりしてもよいのです。

肝心なのは、自分と相手の感情の境目を混ぜないことです。自分のものは自分のもの、相手のものは相手のもので、それぞれ尊重をするということと、相手に「怒らされた」「気を遣わされた」「傷つけられた」など、そういう言葉遣いに示されるような、お互いの気持ちが入り込んだ関係の捉え方はやめましょうという提案です。

ーーーーー『大学生が出会うリスクとセルフマネジメント』ーーーーー

 

ーーーーー『「現代写真」の系譜』ーーーーー

さて、話を戻しましょう。ドラクロワはこのダゲレオタイプをさまざまに試した結果、絵画との違いを次のように語ります。

ダゲレオタイプ(写真)は目の前の事物を機械的に忠実に再現するという性質をもつけれども、それは付随的な細部を省略することなく、主要なものと同じように再現してしまうということでもある。このことは、こと芸術という観点からすれば欠点以外の何ものでもない。なぜならば、芸術とは、作者の内なる精神にしたがって作者自らが操作し主要なものと付随的なものという秩序を与えて、作者の内なる精神が見る者の内なる精神に話しかけるようにするものであるのだから。

ーーーーー『「現代写真」の系譜』ーーーーー

 

ーーーーー『ネット社会の諸相』ーーーーー

磯野家とさくら家, そしてクレヨンしんちゃんの野原家の違いをみると, 「なぜ同じテレビなのに, それほど家族のなかでの利用のされ方や意味が異なるの 「だろうか」と不思議に思う人がいるかもしれない。 この疑問に対する回答はシンプルで, 技術が人の行動や文化を決定するわけではないということだ。 あくまで, 社会が先にあり, そのなかにすでに存在する価値観や必要性に沿った形で技術は, 社会に導入される。ゆえにそれぞれの技術は, 違った可能性を発揮しうるのである。前者のような考え方を「技術決定論」 とよび, 後者のような社会が先にありきの考え方を「社会構成主義」とよぶ。 技術の社会的インパクトを考える際には, この「社会構成主義」の考え方が重要になる。

では, どのような過程を経て, 技術は社会のなかに取り込まれていくのであ ろうか。 シルバーストーン(Silverstone, R.)ら(1992)は, 特に家族・家庭という 個別の文化をもつ集団のなかに技術が取り込まれていく過程を「家畜化(ドメスティケーション / Domestication)」というコンセプトを用いてモデル化した。シルバーストーンらによれば, 技術の家畜化には4つの段階がある。 

ーーーーー『ネット社会の諸相』ーーーーー

 

ーーーーー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』ーーーー

人間の欲求を、最も低位の「生存の欲求」から、最も上位の「自己実現欲求」の5段階に分類できるという考え方、いわゆる「欲求5段階説」を提唱したのはエイブラハム・マズローでした。この枠組みで考えれば、経済成長に伴う生活水準の上昇によって、商品やサービスに求められる便益は、「安全で快適な暮らしをしたい=安全欲求」を満たすものから、徐々に「集団に属したい=帰属欲求」へ、さらに「他者から認められたい=承認欲求」へと進むことになり、最終的には「自分らしい生き方を実現したい=自己実現欲求」ヘと進展することになります。

先進国における消費行動が「自己表現のための記号の発信」に他ならないことを明確に指摘したのはフランスの思想家であるジャン・ボードリヤールでしたが、この指摘はもはや先進国においてだけでなく、多くの発展途上国にも当てはまるようになってきています。 ひっくるめて言えば、全ての消費ビジネスがファッション化しつつあるということです。このような世界においては、企業やリーダーの「美意識」の水準が、企業の競争力を大きく左右することになります。

 

「熱いロマン」よりも「冷たいソロバン」

ーーーーー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか』ーーーー

 

ーーーーー『夢幻花』ーーーーー

シンクロニシティ。何か行動を起こそうとしたら、たまたまそれに関する出来事が自分の周りで起きるという現象だ。 心理学者のユングが提唱した概念だ」 梨乃は眉間に皺を寄せた。「何だか、急に難しいことをいいだした」

科学的に解説すると、こういうことだ。現実には、この程度の偶然は頻繁に起きている。 問題は、それに気づくか気づかないかだ。

ーーーーー『夢幻花』ーーーーー

 

ーーーーー『鉄道デザインの心』ーーーーー

サービススタッフはどんどん変わりますが、唯一変わらないのは車両という舞台だけなんです。 だから、これは絶対完成してなくちゃいけないって言うわけです、唐池さんは「これはお 客様が旅をするための30億円の額縁だ」って言ったわけですよ。すごいですよね。 感動します。「30億円かけて九州を見る、人生を顧みる額縁を造りました」って、素晴らしいでしょ。僕だって感動するんですから。 お、こいつはすごいって思いますよね。

ーーーーー『鉄道デザインの心』ーーーーー

 

ーーーーー『時間がない人が学び続けるための知的インプット術』ーーーーー

できるだけ早く寝て、翌朝頭がすっきりしている状態で勉強に取り組むほうがよほど効果があがります。

「朝1時間の知的作業は、夜の3時間に匹敵する」とよく言われますが、わたし自身の経験からも、これは決して誇張ではないように思います。

ーーーーー『時間がない人が学び続けるための知的インプット術』ーーーーー

 

ーーーーー『人望が集まる人の考え方』ーーーーー

人間関係に関するかぎり、相手の自尊心を傷つけることはご法度だ。 相手の人間としての尊厳を踏みにじったら、いずれいやな目にあわされる。人々は自尊心についてとてもデリケートで、自尊心を傷つけられると非常手段に訴えるおそれがあることを肝に銘じよう。

ーーーーー『人望が集まる人の考え方』ーーーーー

 

ーーーーー『コミュニケーション入門』ーーーーー

親子電話を使って個室に移動したりする。この電話コミュニケーションによるパーソナル化によって家族団欒の消滅が生じるようになる。 電話はまさに 「遠くにいるものを結び付け、近くにいるものを切り離す」 働きをする。

ーーーーー『コミュニケーション入門』ーーーーー

 

ーーーーー『「盛り」の誕生』ーーーーー

この例からもわかるように、女の子たちの「盛り」の基準には、大きく三つの技術分野が関与している。第一は、ブログのような、インターネット上のコミュニケーション技術。第二は、自分を撮影して加工する、デジタルカメラ技術やデジタル画像処理技術。 第三は、つけまつげやカラーコンタクトレンズなど生体を模倣するプラスチック成形技術。 この三つの技術分野を、私は「ソーシャルステージ」「セルフィーマシン」「プラスチックコスメ」と名付けて、併せて「シンデレラテクノロジー」と呼んでいる。

 

それまでは、その瞬間の「イケてる」格好を共有しているのは、コミュニティ内の人だけだったので、その格好をしているかどうかで、コミュニティ内の人かどうかを判断して いた。しかしストリート系雑誌が、コミュニティ内の人しか知らないはずの「イケてる」 の基準を、コミュニティの外の人にも伝えたので、外見だけを真似する人が出てきた。それにより、Bくんが「外見はイケてるのに、中身がイケてない子が増えていった」と言う状況になったわけである。

ーーーーー『「盛り」の誕生』ーーーーー

 

ーーーーー『基礎ゼミ メディアスタディーズ』ーーーーー

さまざまな機能やアプリを搭載したスマートフォンに、AIアシスタントを搭載したスマートスピーカー。 驚くべき速度で新たなメディアが日々生みだされています。 メディアを研究するということは、こういった新しいメディアや、それを成立させているテクノロジーを研究することでしょうか。 昨今、メディア系学部や社会学部のメディア系コースに限らず、さまざまな学部の学生 が 「メディア研究」に関心をもっています。 日常的に触れたり、身に着けたりしているメディアを研究対象に選ぶことはごく自然なことなのでしょう。 ここで「メディアに関心があります」 という学生たちが最初に考えたレポートの主題(問い)の一例を紹介しましょう。

「いまSNSに求められているものとは」 「YouTube はなぜ成功したのか」 「K-POPとJ-POPの違い」

いずれも、話題になっているメディアを取り上げており、なんとなく研究になりそうですが、見聞きするメディア産業界の発想に影響を受けており、学生自身と主題との関係は見えてきません。 それでは、メディア研究に意識的に取り組んだ後で、学生たちがまとめたものはどうでしょうか。

「ネット炎上のメカニズム2004年と2015年の事件を題材に」 「日本における障害者差別メディアが描く “美しい” 障害者像」 「隠される美容整形 日韓の広告の比較から」

これらのレポートでは、メディアの探究を通して何を知りたいのか、何を学びたいのかという「問い」 が芽生え、そのうえで何を対象にするのかが明確になってきています。「なぜメディアを研究するのか」をみずから問い直し、そこに「問い」を持つことで、「半径1メートル」の閉じた世界から越えることができるのです。

メディアを研究することとはメディアを対象とすることだけではなく、メディア研究という口から人間そのもの、 社会のさまざまな仕組みや問題に迫ろうとすることだと考えます。

 

現在、アニメやマンガなどのコンテンツを論じることをもってメディア研究ととらえる傾向も広くみられます。 でも、自分が好きなコンテンツについてその内容を紹介したら、メディアを研究することになるのでしょうか。 これらの多くに共通するのは、「好き」 (あるいは嫌いで終わってしまい、それを間いや社会的な背景と結びつけようとしていないことです。

ーーーーー『基礎ゼミ ソーシャルメディアスタディーズ』ーーーーー

 

2022年4月 主に読んだ本

ソーシャルメディアスタディー

鉄道デザインの心 水戸岡鋭治

無限花 東野圭吾

ネット社会の諸相

メディア・リテラシーを高めるための文章演習

みんなのユニバーサル文章術

よくわかるメディア・スタディー

函館本線 C62

ライティングの哲学

「現代写真」の系譜

美少女の美術史

自画像の告白

男子部屋の記録

大学生が出会うリスクとセルフマネジメント

誰も教えてくれない大人の性の作法

戦争論

三島由紀夫 レター教室

制服少女たちの選択

さあ、才能に目覚めよう

相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術

商店建築(オフィス・カフェ・ホテル)

GA JAPAN日本女子大学 妹島和世設計)

芸術新潮江口寿史長谷川町子・聖書・若冲・わいせつ・ヌード)

ガールズ・メディア・スタディー

マンガでわかる基礎生理学

シェアしたがる心理

国立大学・法人化の行方 自立と格差の狭間で

国民のための戦争と平和 小室直樹

非モテ」から始める男性学

Googleとの戦い 文化の多様性を守るために

説得力 心を一瞬でつかむ

美術手帳(Chim↑Pom

版画芸術(吉岡俊直)

新建築(パブリックデザイン・集合住宅・最新プロジェクト)

「皮肉」と「嫌味」の心理学

AV男優という職業

 

印象に残ったスナップ写真